
ノエミ・レーモンド(Noémi Raymond)とは?
ノエミ・レーモンド(Noémi Raymond:1889〜1980)は建築家であるアントン・レーモンド(Antonin Raymond:1888〜1976 )※1の妻で、アントンの建築のインテリアを担当、テキスタイルや家具などを手掛け、アントンにとってはなくてはならい存在です。
また、動物愛護活動や貧しい方への支援なども精力的に行いました。
夫のアントンに焦点があたることが多く、ノエミを主体とした日本における展覧会としては、今回2回目ですが※2、ノエミの住宅に焦点を当てた展覧会としてははじめてです。
ノエミはフランスで生まれ10歳まで過ごし、その後、家族とともにアメリカに移住しました。アーサー・ウェズリー・ダウ(Arthur Wesley Dow:1857〜1922 )より美術とデザインを学び、その後、パリで絵画を学びました。
アントンとは、パリからニューヨークに戻る船の中で出会い、1914年にニューヨークで結婚しました。
1919年に、旧帝国ホテルの設計助手としてフランク・ロイド・ライトに伴われ、アントンとともに初来日、横浜港に降り立ちました。
第二次世界大戦で1937年に一時アメリカに帰国するものの、1948年に再来日し戦前・戦後合わせて約40年にわたり、アントンとおよそ300もの作品を手掛けました。
本展覧会では、ノエミが建築の設計からインテリアまで手がけた旧カニングハム邸(1954)、旧伊藤邸(1963)なども紹介しながら、インテリアの家具やテキスタイルなども展示されています。
設計図にはノエミのサインがないため、ノエミがプランニングした建物は、妹宛の書簡や雑誌などから特定しています。
夫の名前が前面にでてくるのは、フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルト、アイノ・アアルト夫妻、アイノの死後妻となったエリッサ・アアルトと同様だと思いました。

見どころ
展示会は「1 ノエミとアントン」「2 ノエミ・レーモンドが手がけた建築」「3 インテリアと意匠」「4 戦後の教会建築」「5 ノエミレーモンドの生き方」の5つの題材から構成されています。
「2 ノエミレーモンドが手がけた建築」では貴重な設計図面や当時の写真などが展示され、今回のメインとなる展示ですが、ほかにも映像では、元所員や、お孫さんなどがノエミについて語るもの、ノエミのお孫さんで写真家のシャーロットさんのインタビュー、旧伊藤邸の現在の住み手のインタビューの3つのプログラムを視聴できます。
映像のなかでは、♫かみなりオヤジのアントン 動物愛護のおばあちゃん〜♫(歌詞が少し違うかもしれません)と、アントンとノエミの歌を所員らが歌っていますので、ぜひ聴いてみてください。
ノエミの助手をつとめた小林邦子さんの話によると、ノエミは、床、壁、天井など色を決めるときは厳しかったようです。
会場には、ノエミがデザインした緞通の原画、色調結束サンプル、山形緞通(オリエンタルカーペット株式会社)に残るノエミが発注した作品の記録ノートも展示されています。
記録も細かく残っているため、再現できるようです。


「丸に星(Circles and Starfish)」(1930〜40年代)、「メッシュと海星(MESH and STARFISH)」(1948年頃)、名称不明





トークショー「建築家そしてデザイナー、ノエミ・レーモンドを語る」
関連イベントとして、展示会初日にトークショーが行われました。
元ノエミ・レーモンド助手の小林邦子さん、写真家でノエミのお孫さんのシャーロット・レーモンドさん、建築史研究者の田中厚子さん、芝浦工業大学の松下希和先生が講師として招かれました。
田中さんからは「ノエミのデザインと日本」という内容で、ノエミのインテリアに関する講義を、松下先生からは、ノエミがプロジェクトとから関わってきた建築物の話と、図面にサインがないために、書簡や雑誌発表からノエミが中心となった建築であることを特定した話やノエミの建築の特徴などが発表されました。
お孫さんのシャーロットさんからは、ノエミから注意深く観察することディテールに注意を払うということを学び、また慈愛の心をもまた学んだといった話がありました。
また、アートとデザイン団体として多種多様なイベントを開催しているレーモンド夫妻の旧邸レーモンドファームでの現在の取り組みなども語られました。
ノエミの助手小林邦子さんからは、ノエミの温かい人柄について語られました。皮膚病などの問題がある犬を大事にしたこと、当時は寸と尺で図面がおこされていたこと、日本語がとても上手で施主との関わりが強く、住宅を建てる際は重要役割を担っていたこと、職人さんにははっきりと指示していたことなど、興味深い話をされていました。
シャーロットさんは最後に、ノエミがデザインした家具や絨毯を再現したいことや、日本の職人さんがいなければノエミの作品は生まれなかったと語っていました。
ノエミが日本で活動していた時代は、大正末期から昭和初期に柳宗悦らが提唱した民藝運動と重なります。時代背景も考えながら、ノエミのてがけた作品に触れるのも一興です。

ノエミさんの好きな色は、タン(ネイチャーブラウン)だったそうです。

※1アントン・レーモンド:チェコ生まれの建築家。日本国内の主な作品に、イタリア大使館日光山荘(1929)、聖ポール教会(1935)東京女子大学礼拝堂(1937)、聖アンセルモ目黒教会(1954)、群馬音楽センター(1961)、立教高校聖ポール教会(1963)、神言神学院(1966)など。日本のモダニズム建築の先駆者で、前川國男、吉村順三、ショーン・ナカシマは門下生。
※2はじめての展覧会は『工芸ニュース』1936年12月号によると鐘紡サービス・ステーションで行われた『レーモンド夫人意匠作品展(建築史家の田中厚子先生の講義より)。
記事によると、スケールの小さい展示会だったようです。展示内容は竹を使った燭台、籐の椅子、鏡台、フロアランプ、カトラリー。
株式会社レーモンド設計事務所
https://raymondsekkei.co.jp/antonin
Raymond Farm Center for Living Arts & Design
https://www.raymondfarmcenter.org
『LIXIL eye』2005 10月 no.9
https://www.biz-lixil.com/column/pic-archive/lixileye/no09/LIXILeye_no9.pdf
ノエミ・レーモンドの建築と意匠 ―和で紡ぐモダンライフ―
H P:https://www.a-quad.jp/exhibitions/133/index.html
日 時:2026年3月19日(木)〜6月18日(木)
場 所:ギャラリーエークワッド(東京都江東区新砂1-1-1 竹中工務店東京本店1F)
入館料:無料



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